18世紀の経済学者、アダムスミス。
なんだか聞いたことがある『国富論』ですが、18世紀の経済学者、アダムスミスは何を言いたかったんでしょう。
これには、『諸国民の富』と言う訳もあるようです。
アダムスミスは1723年にスコットランドで生まれ、近代経済学の父と呼ばれました。彼の考え方は、後のミクロ経済学、マクロ経済学の基礎となったようです。
『国富論』の「神の見えざる手」
人が持ち合わせている「同感」。
人は利己的に生きているので、本来的に考えれば、自分勝手にふるまう事で、社会の中で、暴力沙汰などが、起きそうなのですが、
そうならずに、社会秩序が保たれているのは、人が「同感」と言う考えを、持ち合わせているからだと言います。
「 同感」とは、同じように考えること。同じように感ずることのようです。
これを持ち合わせることで、自制心が出たり、感情の抑制が働いたりして、社会の中に溶け込んでゆけるのでしょうか。
富とは何か。
富は、国民の労働力で生産される。
富とは、国民の労働力で生産される、必需品と便益品だとアダムスミスは言います。
消費財が、社会の富。
必需品とは、食料品や住居など、日常生活の全般に必要な物です。一方、便益品は、贅沢品などの嗜好品などを指すようです。
つまり、このような消費財が、社会の富だと言うのです。
社会の富は消費財。
「重商主義」では、貴金属や財宝が社会の富。
ところが、この当時の社会の考え方では、国の豊かさは「金・銀・財宝」で、
如何に、このような貴金属を殖やす事が、富の蓄積に繋がると、考えられていたようです。
このような考え方を、「重商主義」と呼ばれていました。
国の豊かさを測る尺度は、貴金属や財宝だと言う考え方です。
つまり、海外との取引で、物を作って輸出し、その対価として、貴金属類を得てそれを蓄積する事で、国は豊かになると言う考え方です。
これに対して、アダムスミスは、消費材が、社会の富だと考えていました。
輸入で得た、貴金属や財宝を輸出して、それによって、素晴らしい消費財を輸入すれば、
その消費財で、人は豊かに暮らせ、社会が豊かになる事が、国の富みだと考えたのです。
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富を殖やす方法は分業。
アダムスミスは、富を殖やす方法は、分業だと考えました。
例えば、縫い針製造工場で、針を作るとした場合には、金属棒を切断し、細く延ばし、先端に穴を開け、針先を削ります。
このような事をそれまでは、一人で作業していましたが、
金属棒を切断し、細く延ばし、先端に穴を開け、針先を削る行程を、その作業ごとに分業する事で、効率的になると説いたのです。
メロンのたたき売り。
また、物の値段についても、利己心で決まると考えました。
ある果物屋でメロンが、全然売れないと思ったら、近くの八百屋で、安くメロンを売っていました。
このままではメロンが腐ってしまい、商品価値が無くなると思って、慌てて値下げして売ってしまったとします。
その場合、それはお客さまのために、値下げをしたのでは無く、
自分たちが、早く売り切りたいために、値下げしたのだと言うのです。
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冷夏で、夏物衣料は大ピンチ。
こんななシーンではどうですか。ショッピングモールで、夏物衣料のセールが開かれていて、
全品50%OFFで、大勢の買い物客で、あふれていました。
でも、その年の夏は冷夏で、夏物衣料の販売が不振でした。
そこでショップでは、このままでは、夏物衣料が、売れ残ってしまうと判断し、50%OFFと、せざるを得なかったのです。
販売価格を引き下げた事で、売上高は減少しましたが、
全てを売り切る事が出来て、不良在庫を抱えずに、次のシーズンに向かう事が出来ます。
商品価値は何で決まる。
シーズンを過ぎた商品に、商品価値は無い。
もし売れずに、そのまま、不良在庫になってしまったら、
翌年の夏シーズンまで、売るチャンスは無くなり、その間の、倉庫代も掛かるでしょう。
それよりも、シーズンを過ぎてしまった商品に、そもそも、商品価値があるのでしょうか。疑問を禁じ得ません。
特に女性もの衣料では、シーズンを過ぎたものは、翌年になって、販売したとしても売れません。
商品鮮度は3ヵ月間と、言われているようです。
それ程に、商品サイクルは短いのです。そして、顧客は新商品を望んでいます。
このように、物の値段は、売り手の利己心で、決まると言うのです。
「神の見えざる手」って何だろう?
「神の見えざる手」。
人は利己心によって、個人の利益を追求し行き、それにより効率化を求めたことが、分業に繋がって行き、
そうした中で、自然に物の価格が、調整されて行くことを「神の見えざる手」と呼んだようです。
そして、こうした社会を持続して行くには、国は自由放任を唱えているだけでは足りず、
国防、司法行政、公共整備が欠かせないとも説いているようです。
なんだか難しいですね。
でも、経済学は「お金と社会に関する問題を解決する知識」だそうですので、好奇心を持ったら、覗いて見るのもアリでしょう。
「アダムスミスの『国富論』その「神の見えざる手」て何。」への2件のフィードバック
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