イギリスの南東部の町・ブライトンで、現地の中学に通う息子さんの、身の回りの出来事や、親子の対話を通じて、
イギリス社会や、人間の普遍的問題を描いたのが、
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でした。この本は、60万部のベストセラーとなり、版を重ねました。
『他者の靴を履く』
その『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の発売から2年後の、
2021年6月に刊行されたのが、『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』です。
前作の大反響の、もととなったキーワード「エンパシー(他人の感情や経験などを理解する能力)」について、
さらに考察を深めた「大人のための続編」だと、著者のブレイディみかこさんは言っています。
そして、ブレイディさんは、こんな風に語っています。
他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ [ ブレイディ みかこ ]
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「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」
「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」という本を書いた時に、その本は中学校に通っている、息子の日常を書いた本なのですが、
その中に学校の試験の問題で「エンパシー」と言う、ことばの意味について書けというのが出て、うちの息子が「誰かの靴を履いてみること」って書いたというエピソードがあるんです。
1冊の本の中の、4ページぐらいしかない小さいエピソードなんですけど、あの本が出た時にすごくエンパシーということばに反応された方が多くて、
もっとエンパシーについて知りたい、何か刺さったとおっしゃる方がすごく多かったので、エンパシーという概念だけを掘り下げた本を書いたのが、「他者の靴を履く」というタイトルなんです。」
このエンパシーは、同じ意見や考えを持っていない相手に対しても、その人の立場だったら自分はどうだろうと想像してみる。
後天的に身につけられる能力のことを言います。
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー (新潮文庫) [ ブレイディ みかこ ]
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ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2 [ ブレイディ みかこ ]
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英国で感じていたこと。
「私が初めて渡英したのは、高校卒業後の1980年頃でした。その後、永住するようになったのは96年以降で、当時はロンドンにある日系新聞社の駐在員事務所で、アルバイトをしていました。
結婚してからフルタイムで働くようになったのも、また別の新聞社の駐在員事務所です。
新聞社の事務所で働きながら、日本人の特派員記者たちが、どんなふうに取材をして記事を書いているのか、毎日何をしているのかを見ていたんです。
記者たちは大抵、大学の先生や有名なジャーナリストなど、そうした「識者」と呼ばれる人たちに話を聞きに行って記事を書きます。
記者の仕事が忙しいからでもありますが、地元のコミュニティーに根を張って交流したり、学校で子供の保護者たちと話をしたりする機会もほとんどない。
つまり、日本で紹介されている記事には、そういう生活者レベルの「地べたからの視点」が全く反映されていないわけです。
それだとすごく偏った報道になってしまうんじゃないかなと思っていました。」
女たちのポリティクス 台頭する世界の女性政治家たち (幻冬舎新書) [ ブレイディ みかこ ]
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「エンパシー」への大反響は予想外
そして、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の刊行後、「エンパシー」への大反響は予想外だったそうです。
それで、新著の『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』は、
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で登場した、
とある一場面への、予想外の反響の大きさを受けて書かれたと言うことだったのです。
息子さんに期末テストで、「学校の試験でどんな問題が出たの?」と尋ねるシーンで、
テストに出題されたのは、「エンパシー(empathy)とは何か?」という問題でした。
それに対して、息子さんが出した答えは「誰かの靴を履いてみること(To put yourself in someone’s shoes)」と言うものでした。
英語圏では「エンパシー」は、そんなふうに学校のテストにも出されるくらい、
「多様性(diversity)」と同様に、割ともてはやされたキーワードだったそうです。
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「シンパシー」と「エンパシー」
「シンパシー」と言うのは、「誰かをかわいそうだと思う感情や友情」と言った意味で、
自分に近い感覚を持つ相手に対し、感情と共に、内側から自然に湧いてくる同情のことです。
一方、「エンパシー」とは、「他者の感情や経験などを理解する能力」のことで、
湧き上がる感情に判断力を曇らせることなく、意見や関心の合わない他者であっても、
その人の感情や経験などを理解しようと、「自発的に習得する能力」のことです。
「エンパシー」は、意見が違い、感情が伴わない相手であっても、その立場に立って、考えられる能力を指し、
「シンパシー」は、自然と湧き出る感情です。
そこには、はっきりとした区別があるようです。
「エンパシーとは何か?」という問題に対して、「誰かの靴を履いてみること」と書いた息子さんの答えは、的を射ていました。
そして、本の中でこのことを書いた部分が、意外にも注目を集め、
新版の、『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』に繋がったようです。
子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から [ ブレイディみかこ ]
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サッチャー元英首相の例。
エンパシーと、シンパシーの差を示す一例が、サッチャー元英首相で、
優しく思いやりがあった一方で、衰退した地方の製造業者に厳しく、自助を求める経済政策を進め、
それについて来られない人は、理解出来なかったそうで、
秘書は「シンパシーはあったが、エンパシーは無かった」と、証言したと言われています。
他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ [ ブレイディ みかこ ]
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ライター・コラムニスト ブレイディみかこさん。
1965年、福岡市生まれ。英国・ブライトン在住。2017年に『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)で新潮ドキュメント賞受賞。
本屋大賞2019 ノンフィクション本大賞、毎日出版文化賞・特別賞などを受賞した『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)他著書多数。
「ブレイディみかこ著書『他者の靴を履く』エンパシーのすすめ」への3件のフィードバック
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