明治の文豪と言えば、夏目漱石、森鴎外です。今なお時代を超えて、文庫本の定番として多くの読者を魅了しています。
漱石はイギリスへ、鴎外はドイツへと留学を果たしますが、
夏目漱石が「私人」であったのに対して、森鴎外は「公人」でした。明治陸軍の軍医であり、軍医総監までのぼり詰めたのです。
森鴎外『雁』あらすじ。
弐
そのころから無縁坂の南側は岩崎の邸(やしき)であったが、まだ今のような巍々(ぎぎ)たる土塀で囲ってはなかった。きたない石垣が築いてあって、苔蒸(こけむ)した石と石との間から、歯朶(しだ)や杉菜が覗いていた。
この文章は『雁』の弐の冒頭部分です。
この無縁坂がこの物語の舞台となり、物語が展開してゆきます。
そして、ここに出てくる無縁坂と言う言葉が、物語の最後に、その意味を教えて呉れるのでした。
森鴎外の文章は、『舞姫』に代表される、文語体で書かれた前期の作品や、
『阿部一族』などに代表される、漢字の多い後期の歴史ものなどは、かなり読みづらく、途中で断念したくなりますが、
『雁』は、この両者のちょうど中間に位置する、作品のうちの一つで、
口語体で書かれた現代小説であるため、非常に読みやすく、鴎外作品の入門書として、お勧めの一冊です。
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登場人物~岡田・お玉・未造
僕は東京大学の学生で、鉄門の向かいにある下宿屋「上条」に住んでいます。
そして僕は35年前のことを追想して、この物語を書いています。
下宿屋「上条」の隣の部屋に住んでいた岡田は、卒業を控えた学生で、体格の良い美男で、競漕(ボートレース)の選手です。
岡田は夕食後の散歩を日課にしており、その道筋にある「無縁坂」で、お玉と顔を合わせるようになります。
お玉は、練塀町(現在の秋葉原のあたり)の狭い路地裏に住んでいた娘で、
婿入りの予定だった巡査に、妻子があることが分かり、井戸に身を投げようとした、自殺未遂の過去がある女でした。
その一件でお玉は、町内に顔出しできなくなり、西鳥越(台東区の地名)に引っ越します。
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高利貸しの末造
その後は、父親を安心させるために、高利貸しの末造の妾として身請けされ、無縁坂の途中にある家に住み始めます。
お玉には目的がありませんでした。ただ父親に楽をさせて上げたいと言う、孝行の気持から妾になったのでした。
しかし、末蔵には妻子がいるため、お玉は一日の大半を、女中と二人で暮らすことになったのです。
お玉を身請けした末造は、もとは大学医学部の寄宿舎に勤める小使でしたが、
学生相手に金を貸し始め、高利貸しで儲けるようになります。
末造は、大学への通勤時に見知っていた16~17歳の頃のお玉を思い出し、自分を商人という触れ込みで妾にしたのです。
しかしお玉は身請けされるまで、未造が高利貸しだと言うことを知りませんでした。
一方、未造の妻は、夫が妾を持った事に嫉妬します。その未造の妻の、切な女心の思いが面々と綴られていきます。
妾になりお玉の生活は楽になりましたが、
代わりに退屈を覚えたお玉は、毎日家の前を決まって散歩する岡田という学生に、恋幕の情を募らせることになります。
そして末蔵が出張し、女中を実家に帰えらしたその日に、岡田にアプローチする絶好のチャンスが訪れます。
しかしその日に限って岡田の散歩には、語り手の「僕」が同行していて、お玉は折角のチャンスを逃してしまうのでした。
「僕」と岡田は、散歩の途中で同級生の石原に出会います。
石原は投げ石で、雁を仕留めようとしていました。
岡田は雁を逃してやろうと石を投げたところ、運悪く雁に直撃し、意図せず殺してしまう結果となります。
その帰り道、岡田はお玉の家の前を通りましたが、同行者がいたため、二人が接触することはありませんでした。
間も無くして、岡田は海外に旅立ち、お玉の恋は叶わず終ったのです。
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タイトルに使われる「雁」
小説のタイトルに使われる「雁」が作中で登場するのは、終盤に1度だけです。
岡田は雁を助けようとしたのに、逆に殺してしまうと言う味気ない結末になります。
それが何とも不条理で、やるせない気持ちになるのです。
そして何より、読者に気を揉ませていた、岡田とお玉の二人には何事も起こらず、何の関係も生まれませんでした。
しかし、これこそが正に、二人が元々「無縁」の状態であり、その「無縁」のまま物語は終わり、
弐の冒頭部分にある「無縁坂」のくだりが、この物語の終焉を、当初から暗示していたのでした。
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「明治の文豪・森鴎外『雁』無縁坂が暗示する物語の結末。」への2件のフィードバック
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