『人間失格』は、そのタイトルを誰もが知っている文学作品で、太宰治が1948年6月の自殺直前に、執筆した自伝的小説です。
その物語は、本当の自分を誰にも明らかにすることなく生きて来た主人公「葉造」の、
幼少期から青年期までの仮面を被った道化と、その転落を描いた、太宰治の自己告白文学と言われています。
太宰治『人間失格』
『人間失格』は、主人公の葉蔵が記した「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」と、
その「葉造」の手記を入手した作家らしい人物による、感想と回想である「はしがき」と「あとがき」で構成されています。
それは「葉造の手記」を、かなり時が経過した後に、第三者が読んでいいるという設定になっています。
『人間失格』冒頭部分。
はしがき
私はその男の写真を三葉、見たことがある。
一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定される写真であって、その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、庭園の池のほとりに、荒い縞の袴をはいて立ち、首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている写真である。
小説の冒頭は、こんな一文で始まります。
葉蔵とは面識のない「私」が、葉蔵の写真の感想を語り始めます。その3枚の写真は、
1枚目は、その男の幼年時代の写真。
2枚目は、びっくりするくらいひどく変貌した学生の姿。高等学校時代か、大学時代の写真だが、おそろしく美貌の学生の写真。
3枚目は、最も奇怪なもので、としの頃がわからない。白髪混じりの写真で、
それがひどく汚い部屋片隅に座り、表情もない写真でした。
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第一の手記
恥の多い生涯を送って来ました。
自分には人間の生活というものが、見当つかないのです。
手記はこのように綴られてます。
大庭葉蔵は、東北の田舎の裕福な代議士の、大家族の末息子として生まれます(太宰治の父親も青森の有力な代議士で富豪でした)。
葉蔵は幼少期から空腹感や、他人の感覚がわからない少し変わった子供で、下男や女中から性的虐待も受けていました。
自分が異質であり、それを人に悟られることを恐れた葉蔵は
、ひたすら無邪気な楽天性を装い、「道化」になることを決め込み、ひたすら自分を隠し通す幼少期を過ごします。
学校での成績は常に優秀でしたが、尊敬されることを避け、学校でもひたすら「道化」を演じていました。
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第二の手記
中学へ通うようになると、そこでも「道化」を演じて人気者となります。
しかし同級生の竹一に道化を見抜かれてします。
自分の「道化」をバラされることを恐れた葉蔵は、竹一を懐柔して無理矢理仲良くなります。
仲良くなった竹一は葉蔵について、2つの予言をします。
「えらい絵かきになる」
「女に惚れられる」
葉蔵は中学を卒業すると、東京の高等学校に進学し、画塾にも通うようになりました。
その画塾で 葉蔵は6歳年上の堀木と出会い、酒・タバコ・売春婦などの遊びに加え、左翼思想を教わります。
これらの遊びは葉蔵の人間恐怖と不安を紛らわし、葉蔵は次第に売春婦にのめり込んでいました。
やがて葉蔵は生まれ持っての美貌もあり、女を惹きつけ寄生する術を身に付けていきます。
さらに左翼運動にも傾倒していくようになりますが、やがて勉強も疎かになり、
学校に通っていないことが実家に知れると、仕送りを減らされてしまいました。
金がなくなり追い詰められた葉蔵は現実から逃れたくなり、カフェの女給と関係を持ち、
2人で鎌倉の海に入水心中を図ります。
しかし女給だけが絶命し、葉蔵だけが助かってしまいました。葉蔵は自殺幇助罪のに問われますが、起訴猶予となります。
(注)太宰治は21歳の時、同じように知り合ったばかりの女性と鎌倉の海で投身自殺を図り、女性だけが亡くなりました。
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第三の手記
高等学校からは追放され、身元引き受け人からも逃亡してしまいます。
その後、28歳の雑誌記者で未亡人と知り合い、そのまま高円寺の彼女の家に寄生します。
その後、漫画を描く仕事を得ますが、次第に酒に溺れ財産も食いつぶし、破滅の人生に突き進むことになり、アルコールに浸ります。
そんなある日、葉蔵は睡眠薬を突発的に服用して、自殺を図ります。しかしまたも失敗。
さらに酒に溺れ吐血。酒を止めるためのモルヒネに手を出し、モルヒネ中毒になり薬代も払えない状況になったのです。
完全な中毒患者になり、半狂乱となって追い詰められた葉蔵は、脳病院へ連れて行かます。
強制的に病院に収監された葉蔵は、そこで自分が「人間失格」になったことを自覚したのです。
3ヶ月後、廃人同様になった葉蔵は長兄に引き取られ、東北の田舎の古い家に、醜い老女中と共に隠居生活をさせられます。
そしてさらに3年の年月が流れます。
葉蔵のこのような言葉で、この手記は締めくくられます。
「いまの自分には幸福も不幸もありません。」…
…「自分はことし二十七になります。白髪がめっきりふえたので、たいていの人から。四十以上に見られます。」
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あとがき
ここで「私」(作家らしい人物)が、この3つの手記を、どのように手に入れたのかが判明します。
場面は太平洋戦争末期の船橋のとある喫茶店。
そこには空襲で焼け出された、京橋のスタンドバアを経営していたマダムがいて、
「私」はマダムから「小説の材料になるかもしれない」と、3冊のノートと3枚の写真を受け取ります。
マダムの話によると、10年ほど前に京橋のマダム宛にそのノートと写真が葉蔵から送られてきたが、
葉蔵の生死は分からないと言うことでした。
そして、マダムは最後にこう言います。
「…だめね、人間も、ああなっては、もう駄目ね」
「あの人のお父さんが悪いのですよ。」
「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、…神様みたいないい子でした」
最後まで女性には好かれた人生だったのです。それは同級生の竹一が予言していた、
「女に惚れられる」の人生だったのです。
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