明治の文豪と言えば。夏目漱石そして、森鷗外です。多くの作品を執筆し、今でも多くの人たちに読まれています。
夏目漱石はイギリスに留学し、精神的に病みながら、日本と西洋の格差を痛感します。
一方、森鴎外はドイツに留学し、自身の、その経験を生かした小説『舞姫』を執筆したのです。
森鷗外『舞姫』の冒頭部分。
明治の文豪・森鷗外、彼の代表作『舞姫』は、こんな冒頭部分から始まっています。
「石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと靜にて、熾熱燈(しねつとう)の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ來る骨牌(かるた)仲間も「ホテル」に宿りて、舟に殘れるは余一人のみなれば。」
《現代語訳〉
「石炭を早くも積み終えた。中等室の机のあたりはたいへん静かで、電燈の光が晴ればれとしているのもむなしい。今夜は、毎晩ここに集まってくるカルタ仲間も「ホテル」に宿泊しており、船内に残っているのは私ひとりのみだからだ。」
冒頭に続く文章は、主人公がイタリアのブリンヂイシイの港で乗船し、日本に向かう客船内部の様子が描かれています。
当時ヨーロッパ航路と言うのは、東南アジア、インド、スエズ運河を経由し、地中海へ抜けて行きました。帰りはその逆でした。
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物語を暗示する、冒頭のキーワード。
この冒頭には、いくつかのキーワードが出て来ます。
「石炭をば早や積み果てつ」、「中等室の卓」、「骨牌(かるた)」「仲間も「ホテル」に宿りて」で、
これらが、物語が、どんな展開を見せるのかを暗示しています。
冒頭のわずか数行で、文豪・森鷗外は、その状況を表していたのです。
航海では、何回も寄港して水や食料、燃料を積まなければなりません。
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「石炭をばはや積み果てつ」
「石炭をばはや積み果てつ」で、始まる文章はこのためです。
主人公の太田豊太郎は、このサイゴンの寄港で、船を下りようとはしませんでした。
長い船旅で、港へ立ち寄るのは、大変な楽しみであった筈です。
なのに何故でしょうか。
それは、このサイゴンを出ると、次は日本の横浜です。つまり、もしもう一度、ヨーロッパのエリスの元へ帰りたいと思ったら、
サイゴンで下りて、ヨーロッパ行きの船へ乗り換えればよいのですから、ここが最後のチャンスだったのです。
そして、石炭が積み終わります。いよいよ出港です。
船から下りない、と言う決断を主人公はして、船を下りずに手記を書いていました。
それがエリスとの、最後の別れだと言う意味だったのです。
だから、この冒頭部分の、「石炭をばはや積み果てつ」は、物語の最後を暗示し、エリスとの別れの、決意を表していたのです。
日本への最後の寄港地サイゴンで、船の出航の準備が出来きている事を指しています。
そして「早や」と、ついている事で、言外に「明日は出航だ」と言う意味がある訳なのです。
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「中等室の卓」「仲間も「ホテル」に宿りて」
「中等室の卓」「仲間も「ホテル」に宿りて」と言うキーワードは、
主人公・太田豊太郎の搭乗した、フランス国籍の豪華客船の二等cabinの、共用空間に置かれている卓の周囲は静寂なのです。
普段ここで、同室の仲間たちと「骨牌」をしていたのでしょう。
しかし、「今宵は夜毎にこゝに集ひ来る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは余一人のみ」と言うことから察すると、
当時の二等cabinは6人の相部屋で、その同室者はたぶん、天方大臣の随行者だったのでしょう。
しかし、その仲間たちは、サイゴン最後の夜を楽しむために、
下船して街中のホテルで過ごしている、そんな状況が浮かび取れるのです。
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「骨牌」のキーワード。
そして「骨牌」のキーワードです。
「骨牌」はたいてい「カルタ」と訓まれています。
「骨牌」と言う漢字を見れば、これは麻雀(マージヤン)ではないかと思いますが、
ここでは「遊戯用カード」を「骨牌」と言ったようです。『舞姫』の場合は、たいていの注釈が「トランプ」になっています。
こうして見ると、冒頭のわずか数行で、日本の帰国することになった主人公が、最後の寄港地で、同室の仲間たちと外れ、
一人でその二等cabinにいるのは、身重のエリスをドイツに残した心情を、手記にしたためていて、
それが、エリスとの別れを決断した事を意味していたのです。
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物語のあらすじ。
物語の展開は、東大法学部を首席卒業して「某省」に就職した主人公の豊太郎は、「官長」の絶大な信頼のもと、
3年後、長年の望みが叶い、ドイツ留学を命じられ、
「模糊たる功名の念と、検束に慣れたる勉強力とを持ちて」の志を持って、勇躍ベルリンにやって来ました。
ところが3年ほど経つと、主人公は当初の目的と、官長の期待から外れた道を歩き始めたのです。
その頃、エリスと言う貧しいドイツ人少女と知り合い、二人は内縁関係を結ぶことになりました。
そのことが官長に知れ、主人公の豊太郎は、免職処分を受けることになったのです。
ピンチに陥り、悩んでいたところ、明治21年の初冬に、天方大臣がベルリンにやって来ます。
旧友の相沢が大臣秘書官として同行しており、
彼の援助で、大臣の知遇を得た豊太郎は、その年の12月に、ロシアに向かう大臣に、通訳として随行します。
翌年、大臣の勧めによって、妊娠中のエリスをベルリンに残したまま、単身日本に帰国するのでした。
その帰国途上、日本へ向かう最後の寄港地、セイゴン(サイゴン)の港で、主人公は、手記を書いているのです。
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冒頭部分を読み解く。
このように、森鷗外の『舞姫』は、わずか数行の冒頭部分を読むだけで、
明治20年前後の時代に、日本が西洋に追いつくために、優秀な幹部候補生を、ヨーロッパに留学させていて、
その往来は、スエズ運河を通る船旅で、東南アジアではサイゴンがハブ寄港地として栄え、
その船は、明日にも横浜へ出航するため、燃料の石炭が積み込まれていて、
サイゴン最後の夜を愉しむために、仲間たちは街中に繰り出していますが、
主人公の太田豊太郎は、妊娠中のドイツ人女性を残したまま、帰路の途上にある事を、読み解くことが出来るのです。
さすが、文豪・森鴎外先生です。
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森鷗外の経歴。
森鴎外、本名は森林太郎は、東大医学部卒で陸軍軍医でした。陸軍派遣留学生として、ドイツで4年間過ごしました。
『即興詩人』『ファウスト』など、外国文学の翻訳をしながら評論活動を行いつつ、
ドイツ人女性との恋愛を描いた小説、『舞姫』で当時の読者を驚かせました。
彼は、陸軍軍医総監(軍医のトップ)、美術審査員、慶應義塾大学文学科顧問、東京国立博物館総長など、
数々な肩書きを持つ超エリートで、明治を代表する知識人でした。
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「森鴎外『舞姫』冒頭は、エリスへの思いを絶った暗示だった。」への2件のフィードバック
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