私が本の虫になったのは、高校入学式の帰り道、駅前の本屋で買ったヘルマン・ヘッセの『車輪の下』の文庫本でした。
その頃の岩波文庫は背表紙に★のマークが付いていて、★一つなら50円、★★二つなら100円だった頃です。
購入した『車輪の下』は、新潮文庫だったような気がします。
それまで、あまり読書の経験が無かった私は、
たぶん、この薄い文庫本なら、最後まで読めるんじゃないかと思って購入したのだと思います。
このヘルマン・ヘッセの自伝的なこの小説がきっかけで、私は本の森に迷い込んでしまったのです。
そして、本屋で背表紙を見ながら、ページの冒頭を悩みながら読み、
少ない小遣いで選ぶ一冊に、無上の喜びを見つけたのでした。
ヘルマン・ヘッセ『車輪の下』
ヘルマン・ヘッセは、ドイツ生まれのスイスの作家で、
主に詩と小説によって知られる20世紀前半の、ドイツ文学を代表する文学者で、ノーベル文学賞作家です。
彼の作品は南ドイツの風物のなかで、穏やかな人間の生き方を描いたものが多く、代表作と言えば『車輪の下』です。
それは、ドイツの田舎町、シュヴァルツヴァルトで、幼い頃から優秀だった主人公のハンスが、神学校へ入学します。
地元の期待を一身に背負い、共に学ぶ友人もいない中で、勉強に明け暮れ、
淡々と続く生活の中で、やせ細った青白いハンス少年は、追い詰められて、
1年も経たずに休学し、そして、悲しい結末が待っていたのです。
この本に心寄せたのは、主人公のハンス少年と、高校入学当初の不安な自分を重ね合わせたのでしょう。
車輪の下 (新潮文庫 ヘー1-3 新潮文庫) [ ヘルマン・ヘッセ ]
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アガサ・クリスティー『ABC殺人事件』
『車輪の下』を読み終えた後、2冊目に選んだのは、アガサ・クリスティーの『ABC殺人事件』でした。
『ABC殺人事件』(The ABC Murders)では、エルキュール・ポアロの元に届いた、1通の挑戦状から物語が始まります。
その挑戦状に、記されていた予告通りに、Aで始まる地名の町で、Aの頭文字の老婆が殺され、
その現場には不気味な『ABC鉄道案内』が残されていたのです。
それに続き、第2、第3の挑戦状が届き、Bの地で、Bの頭文字の娘が、
Cの地で、Cの頭文字の紳士が、殺されて行き、連続殺人事件が起き「灰色の脳細胞」が事件解決を導くのでした。
こうした、謎めいたストーリーの展開と、
ポアロの卓越した個性は、読者をアガサ・クリスティーの世界に、誘うことになるのです。
ABC殺人事件 (ハヤカワ文庫) [ アガサ・クリスティ ]
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コナンドイル『緋色の研究』
3冊目はアーサー・コナン・ドイルの、シャーロック・ホームズシリーズの『緋色の研究』でした。
コナン・ドイルの代表作『緋色の研究』(A.Study in Scarlet)では、シャーロックホームズが下宿している下宿へ、
伝記作家ジョン・H・ワトソン医師が、共同生活者としてやって来ます。
シャーロック・ホームズの容姿は『緋色の研究』で、詳細に描かれていて、
体格は痩身で、身長は、少なくとも6フィート(約183センチメートル)以上と長身らしく、鷲鼻で角張ったあごが特徴です。
作者のコナン・ドイル自身は、ホームズが、とがった鼻のインディアンの様な、風貌を想像していたようです。
そして、シャーロックホームズが始めて出会ったワトソンに出会った時の、あの有名な場面が読者を惹き付けます。
ホームズは初対面のワトソンに対して、
「アフガニスタンに従軍し、戦場で左肩に重傷を負い、イギリスに送還された軍医でしょう」と言い当てるのです。
更に、見知らぬ男の前歴も言い当て読者を驚かせます。
そして、その種明かしを読者に披露するのです。そんなホームズの観察力、推理力に驚かされ推理小説の世界へ誘うのでした。
私は『緋色の研究』を、16歳で読んだきり、その後、一度も読んでいませんが、
今でもその出会いのシーンを、鮮明に覚えています。
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【抽出】
スタンダール『赤と黒』
そして私は『赤と黒』で、主人公のジュリアン・ソレルと出会ったのでした。
『赤と黒』は1830年に出版されたスタンダールの代表作です。
フランス東部の架空の町ヴェリエールを舞台に、
製材所の息子から、立身出世を狙う主人公ジュリヤン・ソレルが、
町長の妻レーナル夫人と、名門の令嬢マチルドという二人の女性との恋愛劇を通して、
復古王政と呼ばれる時代の、フランスの世相を描いた作品です。
ジュリヤン・ソレルは、前時代の英雄ナポレオンに熱烈な憧れを持ちながら、
復古王政の閉塞的な社会を、自身の力でのし上がろうとした青年です。
題名を構成する『赤』は、ジュリヤン・ソレルが憧れを抱いていた軍人、
『黒』は、彼が復古王政の時代を、のし上がるために利用しようとした、聖職者を表していると言われています。
その頃の私は、ジュリヤン・ソレルの生き方が生々しくもありながら、上を目指す術べを模索する彼の野心に憧れていたのです。
赤と黒 上 (新潮文庫 スー2-3 新潮文庫) [ スタンダール ]
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兼好法師の『徒然草』72段の一節。
ある時、高校の古文の授業で、兼好法師の『徒然草』72段を学習した時です。
そこは「賤しげなる物」の段で、こんな一節があったのです。
「下品に見える物は、調度品の多さ、硯に筆の多さ、持仏堂の多さ、庭の石や草木の多さ、家のなかの子・子孫の多さ、
人に会った時の言葉の多さ、善行を行う方法の多さ、多くても見苦しからぬは、文庫の文、塵塚の塵」
と続いていました。現代訳にすると、
「多くても見苦しくない物は、室内で書籍を運搬する、文車に積んだ書籍と、塵捨て場の塵」となるようです。
何で兼好法師がゴミが見苦しく無いと、言ったかは分かりませんでしたが、
本はいくら多く集めても良いんだと、自分なりに解釈してしまったのです。
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【抽出】
本の背表紙は小宇宙
それからと言うと、毎日のように本を読み続けて、朝から晩まで、授業中も読んでいました。
こうして集めた本が20冊程度になったところで、机の前に買った順番に、本を並べて見たのです。
すると、そこには、私だけの小宇宙が出来たような感覚になりました。
そこで、学生手帳に買った本の題名を、書き続けることにしたのです。
その手帳は大学の学生手帳、社会人になってからは、会社から支給された手帳へと引き継がれていきました。
30代後半になる頃には、本の数は6,000冊に及びました。このペースなら、定年までに、1万冊になるだろうと思っていたんです。
10,000冊に本を集めれば、何かが、見えて来るだろうかと、勝手に考えていたのかも知れません。
しかし、その頃私は突然アウトドア派になってしまい、本の購入ペースは格段に落ちてしまったのでした。
人生最後に後悔しないための読書論 (中公新書ラクレ 805) [ 齋藤孝 ]
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「万里の道、万巻の書」
この言葉を教えてくれたのは、元朝日新聞記者だった作家の森本哲郎さんでした。
たくさんの書籍を読むことは、世界中を旅するようなものに匹敵する。本こそが私の世界になったのです。
森本哲郎さんは多くの国や地域を旅し、それに関する多くの著書を出版されました。
その中でも森本哲郎が好きだったのが、ヘミングウェイの『移動祝祭日』だと言う事がにじみ出ている著書が好きでした。
若い頃に多くの本を読むことは、その後の人生で、とても有意義なことだと思います。
若い頃、特に10代で読んだ本は、たった1回しか読んでいないのに、頭の中に住み着いたようになり、忘れることがありません。
10代の頃に読んだ、ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』、スタンダールの『赤と黒』、
コナンドイルの『緋色の研究』、などは、今も、色あせない一冊です。
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