若者のための哲学書吉野源三郎『君たちはどう生きるか』要約




吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』

今から80年以上前に刊行された本が、注目を浴びています。

1937年(昭和12年)に発行された『君たちはどう生きるか』と言う本で、この本は、時代を超えて心に響く名著です。

著者は吉野源三郎と言う人で、月刊誌『世界』の初代編集長を務めた人です。



昭和12年刊行『君たちはどう生きるか』


第二次世界大戦直前に刊行。

この本が刊行された、昭和12年という時代は、日本が第二次世界大戦に突入してゆく、2年前だったのです。

重苦しい空気が漂って、閉塞感があった時代背景の中で、その当時の若者たちには、彼らの世界で悩むこともあったでしょう。

そんな悩みに、苦しんでいる子供たちに、自分の生きる道を、見極めて貰いたいとして、

この『君たちはどう生きるか』が、書かれているように感じます。

【新品】漫画君たちはどう生きるか マガジンハウス 吉野源三郎/原作 羽賀翔一/漫画




人は悩むから、人なのかもしれません。


学校は子供にとって特別な世界。

人は悩むから人なのかもしれません。悩みの無い人なんて誰もいません。

特に思春期の頃には、自我が目覚め、家庭や学校の事で、悩むことが多くなるかもしれません。

学校は、子供たちにとって、特別な世界かもしれません。

狭い世界の中で、様々なことが起き、更に、クラスメートがみんな、同じレベルでは無いからです。

すると、そこに、差別やいじめが発生します。その原因はさまざまです。

勉強が出来る、勉強が出来ない。運動神経が良い、悪い。背が高い、低い。太っている、痩せている。原因を上げたら、きりが無いのです。

そんな悩みを持ちつつ、学校生活を送っていても、そこでいじめが起こってしまうと、

それに苦しみ、一人で抱え込んで、どうして良いのかと、自責の念に、さいなまされる事だってあるのでしょう。


「若者のための哲学書」




主人公コペル君15歳。

時代を超えても、悩みは不変です。

そんな悩みを少しでも解決出来たり、自分らしさを取り戻す方法を、この『君たちはどう生きるか』が、示しているように思います。

この本は、一言で言えば「若者のための哲学書」のような本なのです。

主人公は、コペル君(本名:本田潤一君)は、旧制中学2年生の15歳。

銀行員の父親を3年前に亡くし、父親に代わって、彼の相談役を買って出たのが、母親の弟で、無職のインテリの叔父でした。

君たちはどう生きるか/吉野源三郎【合計3000円以上で送料無料】






無職でインテリのおじさん。




おじさんが付けてくれたコペル君のあだ名。

おじさんは、どうして無職だったのかと言えば、昭和初期の時代は、不況の真っただ中の、時代だったのです。

大卒者の就職率が30%と言う状況で、そのため、おじさんも大学は出たけれど、職に就けないでいたのでしょう。

コペル君と言うあだ名は、おじさんが付けて呉れたものです。

天文学者のコペルニクスから由来していて、コペル君も、このあだ名を、大いに気に入っていたようです。

いじめ問題に苦しむ浦川君。




「アブラアゲ」と呼ばれていた浦川君。

物語は、いじめの問題に展開して行きます。

登場人物は、クラスメートの、物静かな水谷君。男らしくガッチンと呼ばれる北見君。

豆腐屋の息子で家業を手伝いながら、幼い兄弟姉妹の面倒を見ている浦川君。

そして、いじめっ子の山口君です。

浦川君は、家業が豆腐屋さんだったことから、お弁当のおかずが、いつも油揚げだったのです。

そんな浦川君の、貧しい家庭環境をさげすむように「アブラアゲ」と呼ばれていて、山口君から、いじめの標的にされていました。

旧制中学と言うのは、今の高校です。

いじめの原因は家庭の貧困。

大人の世界の裏返し。

その当時、高校進学出来るのは、かなり所得のある家庭の子供たちだったのですが、浦川家では、子供の将来を考えてでしょう。

苦しいながらも、子供を進学をさせていたのです。

浦川君は親の希望を背負って登校していた筈です。しかし、子供の世界は残酷です。

人は何でも自分と比べ、それが少しでも劣ると攻撃を仕掛けるのです。

でもそれは、大人の世界の裏返しなのです。

親たちが子供たちの前で、貧富の差を比べたり、見下したりする行為が、子供にも影響を、与えているかもしれません。


ガッチンが勇気を出した。

いじめっ子に食って掛かった。

ある日、山口君の浦川君へのいじめを、見るに見かねたガッチンが、いじめっ子の山口君に食って掛かります。

「誰がなんと言っても、もう許さん」

すると、クラスメイトもガッチンを応援して、山口君とガッチンの力関係は、逆転したのです。

そんな中で、ただ一人抵抗し、山口君とガッチンの、ケンカを止めたのが、驚くことに、被害者の浦川君だったのです。

コペル君の誓い。

ガッチンの前で壁になる。

ガッチンと浦川君の、勇気ある行動に感心したコペル君は、ガッチン、浦川君、水谷君を前にして、こんな事を誓ったのでした。

「僕は、ガッチンが(山口君の兄貴たちに)呼び出されたら一緒に行くよ。

止められるかどうか分からないけれど、ガッチンの前で壁になる。絶対に逃げずに、みんながガッチンを守って戦おう」

コペル君が誓いを破る。

仕返しの暴力が怖くて逃げたコペル君。

しかし、コペル君のこの誓いを、コペル君自らが破ることになったのです。

山口君の兄貴たちが仕返しに来た時、コペル君は怖くて隠れてしまったのでした。

その結果、コペル君は、ガッチン、浦川君、水谷君の3人から無視されてしまい、

「自分がこんな卑怯な人間だったとは、死にたいー」と、自分を責めて、それが原因で、不登校を繰り返すようになったのです。

おじさんに仲裁役を頼んだコペル君。

「君の考えは間違っているぞ!」

コペル君は、この状況を打開したくて、おじさんに仲裁役を頼みました。すると、おじさんからの、こんな返事が来ました。

「コペル君、君の考えは間違っているぞ、君は勇気を出せずに、大事な約束を破ってしまった。

苦しい思いをしたから、許してもらおうなんて、そんなこと言える資格はない筈だ。」

「コペル君、いま君は、大きな苦しみを感じている。なぜ、それほど苦しまなければならないのか。

それは、君が正しい道に向かおうとしているからなんだ。」

コペル君は正義感を持って、浦川君を守りたいと思ったので、彼を守ると言う誓いを立てましたが、

暴力の恐怖心から、自分で立てた誓いを破り、苦しみます。

更に、その後始末を、おじさんに依頼したのです。

自分の過ちを自分で解決せずに、人に任せて解決して貰おうとしたのです。だからおじさんは、コペル君を諭したのです。


勇気を持つことの大切さ。

その答えは、自分自身で探さなけらばならない。

いつの時代でもいじめはあります。そして、そのいじめは現代では、更に陰湿になっていて、

例えば、LAINでのいじめがあったり、LAINの仲間に入らなければ、それもいじめの対象になってしまう事もあるようです。

この本は、勇気を持つことの大切さ、自分が過ちを犯してしまった時、誠心誠意誤ることの大切さ、

苦しいことから逃げない事の大切さを、教えて呉れているのです。

そして、本当の答えは、それは、自分自身が勇気をもって、見つけ出さなけらば、解決できないことを、教えて呉れているようです。