渋谷のシンボル忠犬ハチ公は、なぜ人の心を惹きつけるのか。




渋谷の忠犬ハチ公は、文化村通りから道玄坂を歩いていた。

2021年7月26日の朝日新聞「まちの記憶~渋谷」として、

「ハチはきっと、この道を歩いた」と、題した記事が掲載されていました。

それは、今から90年前、「忠犬ハチ公」が渋谷駅へ、飼い主を慕い、歩いた道の検証だったのです。



スクランブル交差点。



「世界で最も有名な交差点」

渋谷駅前のスクランブル交差点は、1973年にスクランブル化され、都内屈指の流行の発信地でもある渋谷で、最も人が多く行き交う場所です。

日本の都市風景を象徴する存在として、多くのドラマや映画の舞台となり、「世界で最も有名な交差点」とも言われています。

この交差点は膨大な通行人数もさることながら、ニュース番組や天気予報で頻繁にテレビ中継されることもあり、

設置する広告の露出効果は極めて高く、日本における屋外広告のメッカになっているのです。

交差点を渡る歩行者の具体的な数は、

2016年の渋谷センター街のウェブサイトによると、1回の青信号(2分間隔)で多い時に3,000人、

2014年の、渋谷再開発協会の流動計測調査を基に算定すると、

平日26万人・休日39万人、あるいは多い時で1日50万人と言われています。

そして、交差点の南東は、渋谷駅ハチ公改札と、その前に広がるハチ公前広場になっていて、待ち合わせ場所の定番です。

その広場のハチ公像は、渋谷のシンボルとなっているのです。

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忠犬ハチ公が歩いた道。



現在のBunkamuraの裏手で飼われていた。

そのハチ公ですが、今から90年前、飼い主の見送り、出迎えに渋谷駅へ通い、

飼い主の死去後も、約10年にわたって通い続けた秋田犬で、出迎えに駅前で待ち尽くす姿から「忠犬ハチ公」と呼ばれました。

ハチの飼い主は、犬好きとして知られた、東京帝国大学農学部教授の上野英三郎博士で、

そのご自宅は、渋谷駅を出て現在のスクランブル交差点を渡り、

ファッションビル「SHIBUYA109」を左手に見ながら、文化村通りを進んだ、Bunkamuraの裏手にあったようです。

上野博士の勤務先は、歩いて十数分の、今の東京大学駒場キャンパスでした。

上野博士は、週に数回は農商務省などに出向くため、渋谷駅を使っていたのです。

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ハチ公の飼い主は東京帝国大学上野教授。




ハチ公の故郷は秋田県大館。

ハチは、1923年(大正12年)11月、秋田県で生まれ、翌年1924年1月に、大館駅から列車に乗せられ、

急行第702列車の荷物車にて20時間の移動後、東京の上野駅に到着したのです。

ハチは、他に2匹飼われていた犬たちと共に、上野博士が大学に出勤する時も、渋谷駅に行く時も、送り迎えをしていたのです。

しかし、上野博士はハチを飼い始めて、1年半足らずの1925年5月に大学で倒れて急逝したのでした。

ハチは、この後3日間は何も食べなかったと言います。

その結果、妻の八重さんもハチたちも、慣れ親しんだ渋谷の家を出なければならなくなり、

ハチは日本橋、浅草、世田谷と居を転々としたのです。

そして、ハチは上野家に出入りし、幼少時から可愛がっていた、

渋谷区代々木富ケ谷の植木職人・小林菊三郎氏の家に落ち着いたのは1927年の秋でした。

それは上野博士が死亡してから、2年余り経っての事でした。

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飼い主の帰りを待ったハチ公。




その期間は10年間に及ぶ。

そして、それから、1935年3月にハチが死ぬまで続く、ハチの渋谷駅通いが始まったのでした。

この頃から渋谷駅で、上野博士が帰宅していた時間に、ハチが頻繁に目撃されるようになります。

ハチは小林菊三郎氏に、大切に愛育されていたのにも関わらず、渋谷駅を訪れては、道行く人々を見ていました。

そして、食事のために小林宅に戻っては、また渋谷駅に向かうということを、繰り返していたそうです。

ハチが渋谷駅を訪れる際には、途中で、文化通りを進んだ、

Bunkamuraの裏手にあった旧上野邸に必ず立ち寄って、窓から中を覗いていたそうです。

ハチは白い犬でしたが、毎日渋谷駅に来ていたため汚れてしまい、さらに当時は犬は「安産の象徴」とされており、

身に付けていた胴輪を心ない人から「安産のお守り」としてよく盗まれていたため、

野犬と間違われ、何度も野犬狩りで捕まってしまいますが、

交番で毎日ハチを見ていた警官に助けられて、その度に命拾いしたそうです。

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ハチ公が世間に知れ渡る。




昭和9年に渋谷駅前にハチの銅像が設置。

ハチは、1932年10月に、「いとしの老犬物語」との見出しで、朝日新聞に掲載され、一躍知られるようになったのです。

更に、1934年(昭和9年)には、渋谷駅前にハチの銅像が設置されることとなり、

その除幕式には、ハチ自身も参列したのでした。

なぜ、これほどまでに、この実話は、人の心を惹きつけるのでしょう。

それは、犬と人との繋がりの強さを、実証したからでしょう。

ハチ公のこの話しは、日本人だけではなく、多くの人の心の虜にしました。

しかし、人はなぜこの物語にそんなに心を惹かれたのでしょう。

その一つの魅力は、ハチの心の底にあった忠誠心と、亡き人を思い続ける尊さと優しさにあるのではないかと思います。

ハチの事は映画化もされ、『ハチ公物語』(1987年公開)や、

『HACHI約束の犬』 (アメリカ映画、2009年公開)主演リチャード・ギアなどがあります。

そして、それから90年、渋谷の街は様変わりしましたが、

ハチは「ハチ公」となり、渋谷の象徴として、渋谷駅前の待ち合わせ広場で、今日も多くの人たちの往来を見守っているのです。

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