井伏鱒二の初期作品『山椒魚』あらすじ・検証。




井伏鱒二の初期の著作『山椒魚』あらすじ・検証。

井伏鱒二の、初期の代表作と言えば『山椒魚』でしょうか。

井伏鱒二は、1929年に『山椒魚』『屋根の上のサワン』を相次いで発表し、

注目を集めると、1938年には『ジョン万次郎漂流記』で、第6回直木賞を受賞しました。

1965年から、出身地でもある広島を題材にした『黒い雨』の連載を開始し、翌年刊行します。

そして、同年、文化勲章を受賞したのです。

井伏鱒二『山椒魚』の冒頭部分。



井伏文学のエッセンス。

『山椒魚』には、井伏文学のエッセンスが詰まっています。

その冒頭はこんな文章から始まります。


「山椒魚は悲しんだ。彼は彼の棲家である岩屋から外に出てみようとしたのであるが、

頭が出口につかえて外に出ることができなかったのである。

今は最早、彼にとっては永遠の棲家である岩屋は、出入口のところがそんなに狭かった。そして、ほの暗かった。」


この「山椒魚は悲しんだ」と言う冒頭の一節からして、

井伏鱒二のユーモア性、批評性、叙情性、諦観性などを、うかがい知ることが出来るのです。

山椒魚改版 (新潮文庫) [ 井伏鱒二 ]



『山椒魚』あらすじ。



谷川の岩屋を住処(すみか)としていた山椒魚が、

ある日、自分の身体が成長して、岩窟の外に出られなくなっている事に気がつきます。

それはまる2 年間、山椒魚の体が発育した証拠だったのですが、山椒魚を狼狽させ、かつ悲しませるには十分な出来事でした。

「何たる失策であることか…」

山椒魚は強がったり、諦めたり、悲しんだりを繰り返します。

そうこうしている内に、この岩屋に闖入して来た蛙との、奇妙な生活が始まったのです。

山椒魚は、闖入者の蛙を外に出すまいと、岩屋の入口を、自らの身体で塞いでしまうのです。

山椒魚は蛙を、自分と同じ境遇に置くことが、出来る事が痛快でした。

「一生涯ここに閉じ込めてやる!」

蛙と山椒魚は、罵り(ののしり)合いますが、それにも疲れて、長い沈黙の時間がやって来ます。

駅前旅館 (新潮文庫 いー4-5 新潮文庫) [ 井伏 鱒二 ]





時が過ぎ、蛙の嘆息を聞いた山椒魚は、蛙を許そうとします。しかし蛙は空腹で、動くだけの力もありません。

「もう駄目のようだ」と、蛙は言います。

そこで山椒魚はいま何を考えているのかと、蛙に問いかけると、

「今でもべつにお前のことをおこっていないんだ」と返答があり、物語が終わるのです。

何故、蛙は怒らなかったのか?


井伏鱒二は、最晩年、全集の発刊にあたって、このラストシーンをすべてカットし、物議を醸し出すことになりました。

山椒魚は、谷川の居心地の良い、岩窟の中で暮らすこと2年の間に、外へ出られなくなった不条理を嘆き、

たまたま、その岩窟に入って来た蛙を、自分と同じ境遇にさせてやる事で、自分への不満を抑えていたのかもしれません。

その一方で、蛙は、何故、怒らなかったのでしょう。

それはきっと、もう一生、この岩窟から出られないであろう山椒魚に対して、哀れんでいたからではないでしょうか。

ジョン万次郎漂流記 (偕成社文庫) [ 井伏鱒二 ]




「井伏鱒二の初期作品『山椒魚』あらすじ・検証。」への1件のフィードバック

コメントは停止中です。