本屋大賞受賞/小川洋子『博士の愛した数式』あらすじと名言。




小川洋子『博士の愛した数式』

小川洋子さんの小説『博士の愛した数式』は、

交通事故で記憶力を失った数論専門の元大学教師「博士」と家政婦、家政婦の10歳の息子「ルート」の3人が、

数学を通して心を通わせてゆく物語です。

この作品は2004年読売文学賞、第1回本屋大賞を受賞し、2006年は映画化もされ、ミリオンセラーになりました。

「博士」の、着古してくたびれた背広には、何枚ものメモがクリップで留められていて、

染みだらけなった、1枚のメモに記されているのは「僕の記憶は80分しかもたない」でした。

博士の愛した数式』の冒頭。



その冒頭は、こんな一文から始まります。


彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、ルートと呼んだ。息子の頭のてっぺんが、ルート記号のように平らだったからだ。


スーッと作品の中に入りやすい書き出しで始まります。

息子を一人で育てるシングルマザーの私は、家政婦として働いています。

今回、私が派遣されたのは、何人もの家政婦が交代している家で、依頼人は上品な老婦人でした。

老婦人の依頼は老婦人の亡き夫の弟、その義弟の身の回りの世話をして欲しいと言うものでした。

その義弟は、敷地内の離れに暮らしています。

そしてその義弟を、私たち親子は後に、博士と呼んだのです。

母屋との行き来を禁じられ、疑問を抱きながらも私は仕事にとりかかると、

すぐに以前の家政婦たちが、この家で長続きしなかった理由に気が付きました。

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新しい記憶が80分しか持たない博士。


博士は17年前の交通事故をきっかけに、新しい記憶が80分しか持ちません。

記憶力を失った博士にとって、私は常に“新しい”家政婦です。

お世話をするそばから家政婦のことを忘れ、その度に説明をしなければならないのです。

博士は“初対面”の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねます。

それは、数字が博士の言葉だったからです。

そのため、博士は大事な事はメモして体に貼っていますが、そのせいで、博士の洋服はメモだらけ。

また博士は数学にしか興味を示さず、それを邪魔すると機嫌を損ねてしまいます。

私は博士が心地よく過ごせるよう努力し、博士の話す数学の話が素晴らしく、美しいことに気が付いていきました。

やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は、驚きと歓びに満ちたものに変わってゆきます。

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博士が数字に固守する理由。


会話をするとき、博士はいつも数字を使いました。

数学と野球を通じて仲を深める三人でしたが、博士にとってそれは80分だけのものでした。

記憶できない博士との忘れられない思い出を刻む、哀しくも愛おしい話です。

博士にとっての数字は、「相手と握手するために差し出す右手であり、同時に自分の身を保護するオーバーでもあった」のです。

数学では答えにたどり着くにも、道筋は一つだけではない場合があります。

博士は数字のやり取りを通して、家政婦の私や、息子のルートと触れ合い、そこに人の心を見ていたのです。

そうする事で、相手の繊細な心の表情や変化を、数式を通して読み取っていたのです。

この作品には最初から最後まで、数式や数学用語が出て来ます。

「完全数」「オイラーの公式」と言った数学用語や数式が、この小説の中では、詩のように溶け込んでいます。

作者の小川洋子さんは、学校で習う数学が苦手だったそうです。

小川洋子さんが、この作品の執筆のきっかけは、

数学者・藤原正彦さんが、天才数学者について書いた著書や、その生涯を語るテレビ番組だったそうなのです。

そして、終盤に美しい印象的な一節が出て来ます。


「うるさいほど鳴いていた蝉は静まり、中庭を満たすのはただ、降り注ぐ夏の日差しだけだった。それでもよく目を凝らせば、稜線のもっと向こうの遠い空に、秋の気配を感じさせる薄い雲が掛かっているのが見えた」

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『博士の愛した数式』の名言。




『博士の愛した数式』には数学に絡んだ数々の名言が散りばめられています。

そんな中から、心に残る名言をお届けします。


「それは数学の目的ではない。真実を見出すことのみが目的なのだ。」


「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルートだ。」 


「さあ、急ごう。子供の、だたいま、の声を聞くほど幸せなことはない」


「数の誕生の過程を目にした者は一人もいない。気が付いた時には、もう既にそこにあったんだ。」


「なぜ星が美しいか、誰も説明できないのと同じように、数学の美を表現するのも困難だがね」


「神は存在する。なぜなら数学は無矛盾だから。そして悪魔も存在する。なぜならそれを証明することはできないから。」


「必ず答えがあると保証された問題を解くのは、そこに見えている頂上へ向かって、ガイド付きの登山道をハイキングするようなものだよ。」


「正解を得た時に感じるのは、喜びや解放ではなく、静けさなのだ。」


「実生活の役に立たないからこそ、数学の秩序は美しいのだ。」


「子供は大人よりずっと難しい問題で悩んでいると信じていた。」


「途中止めしたら、絶対正解にはたどり着けないんだよ」

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小川洋子さんの経歴。


小川洋子さんは、1962(昭和37)年、岡山県生れで、

早稲田大学第一文学部卒。1991(平成3)年「妊娠カレンダー」で芥川賞受賞します。

『博士の愛した数式』(読売文学賞、本屋大賞)、『薬指の標本』『いつも彼らはどこかに』、

『生きるとは、自分の物語をつくること』(河合隼雄との対話)はじめ、多くの小説・エッセイがあり、

海外にも愛読者を持つ小説家です。

現在、芥川賞選考委員、河合隼雄物語賞選考委員などを兼任しています。

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