帝が三条西実澄に尋ねます。「実澄、気に入ったのであろう。明智を折を見て連れて来るがよい」と、
そして、三条西実澄が明智光秀に、帝に会いに一緒に京の内裏に行くかと、尋ねると、
明智光秀は「お供させて頂きます」と、返事をしたのでした。
帝が三条西実澄に尋ねます。「実澄、気に入ったのであろう。明智を折を見て連れて来るがよい」と、
そして、三条西実澄が明智光秀に、帝に会いに一緒に京の内裏に行くかと、尋ねると、
明智光秀は「お供させて頂きます」と、返事をしたのでした。
元亀2年9月。
信長は延暦寺に総攻撃を掛け、壊滅に追い込んだのでした。
その中で、比叡山延暦寺の天台座主・覚恕(春風亭小朝さん)は、難を逃れ逃走します。
永禄12年。三好一党の襲撃を受けた将軍足利義昭のために、織田信長は、二条城建設に着手し、築城が進んでいました。
工期が2ヵ月と言う短期間での工事であったことから、
京の都じゅうの、神社仏閣から、築城に関わる礎石や、調度品を集めさせていたのです。
永禄11年9月。ついに足利義昭は、信長と共に上洛を果たし、室町幕府、第15代将軍に就任したのです。
そして、その上洛には光秀も同行していました。
そして、明智光秀は、将軍・足利義昭の奉公衆となり、高い地位を得ていたのです。
『麒麟がくる』では、越前の朝倉義景が、足利義昭を利用し、態勢の優位を計る、思惑をしています。
第26話は「三淵の奸計(かんけい)」です。 奸計とは、悪いはかりごと、悪だくみを意味します。
オープニングで足利義昭が、蝶の羽に、蟻が群がる様子を観察する姿がありました。
足利義昭は、その蟻の姿を一心不乱に眺めていたのです。その仕草は、まるで子供のように見えたのです。
還俗した足利義昭(滝藤賢一さん)が、越前敦賀にたどり着きました。
永禄7年9月。三好長慶が死去し、京はまた混乱を始めます。
明智光秀は、将軍足利義輝の御内書を持って、織田信長(染谷将太さん)のいる小牧山城を訪れました。
小牧山城は、美濃と尾張の国境近くの城です。