本は不思議です。ページを開けば、一瞬にして、自分の知らない世界へ連れて行って呉れます。
そして、そこには季節の色合いもあるのです。そんな、季節感が感じられる読書をしてみませんか。
移ろいゆく季節をめでて、選りすぐりの本のページをめくる、楽しさを味わいましょう。
ここに抽出した書籍は、あくまでも、私の私感で選んだもので、何かのデータに基づくものではありませんが、
今まで読んで来た本の中で、季節を感じたものや、読書の季節に適したものを選んでみました。
例えば、四季に合わせて、春、夏、秋、冬で挙げれば、こんな書物が思い浮かびます。
「春はあけぼの。やうやう白くなり行く、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたびきたる。 」 清少納言『枕草子』
この一節だけで、春のたなびく大和の風景が目の前に現れます。
【抽出】
「私が先生と知り合になったのは鎌倉である。其時私はまだ若々しい書生であった。
暑中休暇を利用して海水浴に行った友達から是非来いという端書を受取ったので、私は多少の金を工面して、出掛る事にした。」夏目漱石『こころ』
この一文で、108年前の明治時代の、夏の鎌倉を感じられます。ちなみに、『こころ』の刊行は1914年でした。
【抽出】
「秋の日の ヴィオロンのためいきの身にしみて ひたぶるに うら悲し…」
ポール・ヴェルレーヌの詩を、上田敏は翻訳詩集『海潮音』の中の「落葉」で、詩情豊かに翻訳して見せていて、
秋風に落ち葉の舞い落ちる情景が浮かびます。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」
そして、冬と言えば川端康成の『雪国』でしょう。
小説のトンネルは清水トンネルで、舞台は新潟県の南魚沼郡にある、湯沢温泉がモデルです。
【抽出】
ページをめくって時空を超えて、移ろいゆく季節を感じながらの読書はいかがですか。
こんな本の読み方はいかがですか?
《1月》
サン=テグジュペリ『夜間飛行』
アガサ・クリスティ『オリエント急行の殺人』
《2月》
ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』
庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』
《3月》
ディヴィット・ソロー『森の生活』
川村元気『四月になれば彼女は』
《4月》
住野よる『君の膵臓をたべたい』
島崎藤村『春』
《5月》
三島由紀夫『春の雪』
ヘミングウェイ『移動祝祭日』
《6月》
幸田文『おとうと』
林 秀信『晴れの日に、傘を売る』
《7月》
夏目漱石『こころ』
『ぼくはイエローでホワイトで、…』
《8月》
ロアルド・ダール『あなたに似た人』
太宰治『富嶽百景』
《9月》
ジェフリー・アーチャー『ケインとアベル』
司馬遼太郎『竜馬がゆく』
《10月》
堀辰雄『風立ちぬ』
沢木耕太郎『深夜特急』
《11月》
上田敏『海潮音』「落葉」
コナン・ドイル『緋色の研究』
《12月》
ディケンズ『クリスマス・キャロル』
オー・ヘンリー『賢者の贈り物』
J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』
サン=テグジュペリ『夜間飛行』
『夜間飛行』は、パイロットでもあり、『星の王子さま』などで有名な、サン=テグジュペリによって描かれた、郵便事業に命をかけた、男たちの物語です。
この作品は、1931年に、フランスで出版されました。当時、夜に飛行機を飛ばすという行為は、とても危険なものでした。
その危険な事業を使命として、やり続けた男が、リヴィエールと言う人物でした。
彼はとてつもなく冷徹な男で、部下による1つのミスも許さず、即刻クビにしてしまいます。
彼はなんとしても、夜間飛行を成功さなかければいけないと、考えていたのです。
飛行機は、たとえ小さなミスでも、命に関わります。
些細なミスであってもです。だからこそ、彼は厳格にストイックに仕事をしていたのでした。
その姿は、パイロットであった、サン=テグジュペリそのものの姿のようでした。
夜間飛行/サン=テグジュペリ/堀口大學【3000円以上送料無料】
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【抽出】
アガサ・クリスティ『オリエント急行の殺人』
ミステリーの女王と称される、アガサ・クリスティの最も有名な作品の1つです。
冬のヨーロッパを走るオリエント急行で、アメリカの富豪が殺され、しかも大雪によって立往生してしまいます。
後ろ暗いところのある被害者と、鉄壁のアリバイを持つ乗客たち。仕掛けられた多くの謎に、名探偵ポワロが挑みます。
かなり奇抜な結末ですが、同時に胸を打つものがある名作です。
エルキュール・ポワロの特徴と言えば、
身長5フィート4インチ(約163㎝)、緑の眼に卵型の頭、黒髪でピンと跳ね上がった、大きな口髭を携えています。
女性に優しく、物腰が柔らかなジェントルマンで、
整理整頓に厳しく、身なりに注意を払っていて、乱雑さには我慢が出来ない性格です。
そして難事件が解決の兆しを見せると「私の灰色の脳細胞(little gray cells)が活動を始めた」と、告げるのでした。
オリエント急行の殺人 (ハヤカワ文庫) [ アガサ・クリスティ ]
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【抽出】
ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』
妻と喧嘩し、ただ一人町をさまよっていた男は、奇妙な帽子をかぶった女に出会います。
彼は気晴らしに、その女を誘ってレストランで食事をし、カジノ座へ行き、酒を飲んで別れました。
そして家に帰ってみると、喧嘩をして家に残してきた妻が、彼のネクタイで絞殺されていたのです。
刻々と死刑執行の日が迫る中、彼のアリバイを証明すべく、”幻の女”を探します。
しかし女は一向に現れず、更に一緒にいる姿を見ている筈の人々までもが、女を見ていないと証言するのです。
一体何が起きているのか? なぜ、女は姿を現さないのか?
ウィリアム・アイリッシュの『幻の女』は、1942年に発刊されました。
約80年前に刊行されたサスペンスですが、全く色褪せてないく臨場感で、読者を魅了します。
いったい何が起こっているのか、分からないまま始まり、途中新たな展開がなくなった時に、絶望感が襲いかかり、
そして、死刑執行に向かって加速する終盤、更に最後のどんでん返しが待っています。
そして、こんな一文が引っ掛かります。
「ぼくの飼っている猫のピートは、冬になるときまって夏への扉をさがしはじめる。」
幻の女〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫) [ ウイリアム・アイリッシュ ]
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【抽出】
庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』
学生運動を背景に、日比谷高校の生徒、薫の生活を軽妙な文体で描いた作品で、ベストセラーとなり、映画化もされました。
『中央公論』1969年5月号に掲載された。同年7月、第61回芥川賞を受賞したのです。
語り手は、都立日比谷高校三年男子生徒の庄司薫くん。薫くんは学校群制度が導入される前の最後の日比谷高生にあたりました。
1969年2月9日の日曜日一日の出来事を、薫くんの饒舌な語りで綴られています。
1968年暮れ、東大紛争により東大入試が中止になり、受験するつもりだった薫くんは悩み、
願書提出期限を翌日に控えて、大学へ行くのをやめる決心をしています。
兄や姉はすでに独立し、父は昨日からゴルフへ行っていて不在、家には母しかいません。
小学校までの幼馴染のガールフレンド由美は、中学校から女子大付属に行っていて、「舌かんで死んじゃいたい」が口癖です。
昨日は十年飼っていた犬のドンが死に、薫くんは足の親指の爪をはがしていたのです。
大学紛争について、米帝について、サルトルや『椿姫』、世界史関係の固有名詞が、ふんだんに登場する文章で思弁を続けます。
知り合いのおばさんなどは、薫くんがやはり、京大か一橋大学を受けるのかといったことを訊いてくる始末です。
電車に乗って、有楽町駅で降りて銀座をぶらぶらしていると小さい女の子に遭遇して、
少しおしゃべりし、旭屋書店で女の子は、グリム童話の本を買います。
薫くんはタクシーで帰宅して、医者に寄ったあとで由美の家へ行き、大学へ行くのをやめると告げたのです。
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ヘンリー・ディヴィット・ソロー『森の生活』
3月になると桜前線の予想も始まり、桜の開花が愉しみになります。アウトドアにも良い季節が近づきます。
そんな季節の中で読んで見たくなるのが、大自然の森の中で、自然を追求した、
アメリカの作家、詩人、思想家、博物学者のヘンリー・ディヴィット・ソローの『森の生活』です。
彼は、1817年に、マサチューセッツ州、コンコード市で生まれました。
ハーバード大学を卒業しましたが、生涯を通じて、定職に付かなかったようです。
そんな彼が、27歳の時に、ウォールデン池畔の森の中に、丸太小屋を建て、自給自足の生活を、2年2ヵ月間送りました。
その経験を生かして、代表作『ウォールデン森の生活』を、1854年、彼が37歳の時に出版したのです。
その内容は、自然や湖、動物などの描写の他に、人間の精神、哲学、社会環境など、幅広く言及し、
今でも、アウトドア派や、ネイチャーリストの、バイブル的な存在になっているのです。
森の生活 上 ウォールデン (岩波文庫 赤307-1) [ ソロー,H.D.(ヘンリー・D) ]
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【抽出】
川村元気『四月になれば彼女は』
四月、精神科医の藤代のもとに、1通の手紙が届きます。差出人は、初めて付き合った彼女・ハルでした。
ウユニ塩湖にあるホテルで書かれたその手紙には、2人が付き合っていた頃の思い出が、綴られていました。
一方で、同棲中の弥生との結婚を控えた藤代は、弥生を愛しているのかがわからない。
ハルと藤代と弥生、現在と過去が交錯し始める。ハルはなぜ、9年ぶりに手紙を送ってきたのか…。
そして、気になるのが、題名です。
何故ならそれは、同名のサイモン&ガーファンクルの名曲「四月になれば彼女は」があるからです。
「April come she will」の詩には、強調の意味もあるようですが、
4月がやって来る彼女と言う言葉が、未来に対する予測となり、すべての始まりを、表しているそうなんです。
なので「四月になれば彼女は」の邦題は、このイメージを伝える名訳で、春4月は長い冬が終り、明るい希望の季節の始まりを表してています。
そして4月から8月までが、「恋愛」の様子を象徴的に描いて、9月で結んでいます。
「September I’ll remember.」は「9月になると思い出すだろう」というよりも、
「9月そのものが思い出す時そのもの」という表現なのだそうです。
アメリカでは、学年の区切りが9月に始まり、8月に終わるので、8月に学生時代の恋が終る、感傷の季節でもあるようです。
季節の移り変わりと、恋愛のイメージを織り込んだ、ポール・サイモンのメロディと歌詞が素晴らしく、
アート・ガーファンクルの、美しく澄んだ歌声が、とてもこの歌に合っています。話しがちょっと反れました。
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【抽出】
住野よる『君の膵臓をたべたい』
なかなか衝撃なタイトルですが、実は、真面目に素晴らしい物語です。
ある少年と、余命わずかな少女の日常を描き、読み終われば、このタイトルの素晴らしさに、気づかされます。
高校二年の四月、高校生の春樹は、盲腸の手術後の抜糸で病院を訪れ、ロビーのソファに置かれた、一冊の文庫本を見つけます。
書店のカバーが掛けられていて、外すと本来のカバーはなく、太いマジックで、手書きで『共病文庫』と書かれていました。
春樹がページをめくると、共病文庫は日記で、
そこには膵臓の病気で、数年内に死んでしまうこと、家族以外には内緒にしていることが書かれていました。
見てはいけないと本を閉じますが、声を掛けられ、振り向くと、持ち主の少女が立っていました。
少女は春樹のクラスメイト・山内桜良で、彼女の秘密の日記帳だったのです。
彼女は共病文庫に書かれている事が真実であり、クラスメイトには内緒にして欲しいと言い、何もない様子で病院を後にします。
翌日、桜良は春樹と同じ図書委員に立候補し、それから二人の交流が始まります。
そして、最後に春樹が、桜良に送ったメールが『君の膵臓をたべたい』だったのでした。
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【抽出】
島崎藤村『春』
教え子との実らぬ禁断の恋や、尊敬する人の自殺、落ちぶれてしまう家族たち…
作者の島崎藤村自身をモデルとした「岸本捨吉」の周りでは、次々と不幸な出来事が起こります。
捨吉は、どうしようもない運命に、翻弄されながらも「自分は一体何者なのか」と苦悩し続けます。
島崎藤村初の自伝的小説である本書は、1908年に「東京朝日新聞」で連載され、その後、自費出版されました。
島崎藤村が30代なかばで記した、20代の経験が綴れれています。
理想の自分と、現実の自分との矛盾に苦しむ登場人物たちは過激で、自分で自分を破壊しながら、新たな道を模索します。
こんなにも苦しくて、青くさい青春があるのかと、圧倒されてしまうかもしれません。
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三島由紀夫『春の雪』
日本の純文学と言えば、この作家なくしては語れないのが三島由紀夫です。
「春の雪」は、三島由紀夫の、生涯最後の長編大作である『豊饒の海』で、
「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」の、全4巻で構成されている中の一つです。
そしてその内容は、輪廻転生をテーマにした壮大な物語です。
伯爵家の若い青年と、美貌の令嬢の若き恋を描いた物語は、
ふとした感情のすれ違いから、永遠に叶わなくなる筈だった恋の数奇な顛末と、貴族社会の壮麗な描写が見事に描かれています。
全篇から漂う卓越した美しい日本語に、巡る来る春に、浸ってみてはいかがですか。
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【抽出】
ヘミングウェイ『移動祝祭日』
ヘミングウェイの『移動祝祭日』は、1920年代のパリ修業時代の思い出を、61歳の絶筆で書き表したのを、
彼の没後、1964年に刊行されたものです。
1920年代のパリを舞台に、第一次世界大戦後の傷を癒していた、22歳のヘミングウェイが、行きつけのカフェで一人執筆に没頭、
ガートルード・スタイン、スコット・フィッツジェラルドと言った、芸術家と交流しながら、パリで過ごす姿を描いています。
『移動祝祭日』と言う小説のタイトルの由来は、ヘミングウェイが親友だったホッチナーに、こう語ったからです。
「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことが出来たら、その後の人生を、どこで過ごそうとも、パリはついてくる、パリは移動祝祭日だからだ!」
『移動祝祭日』と言うタイトルは、ヘミングウェイ自身によるものではありません。
彼の死後、この言葉に感銘を受けたホッチナーの助言で、ヘミングウェイの最後の妻、メアリーが、この題名に決めたのです。
パリは、いつだって魅惑的な街だったんです。
移動祝祭日 (新潮文庫 新潮文庫) [ アーネスト・ヘミングウェイ ]
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【抽出】
幸田文『おとうと』
冒頭に降りしきる雨で、その場の情景だけでなく、主人公の姿や想いまで浮かび上がるような、細やかな描写は臨場感溢れ、
小説の冒頭部分としては飛び切りです。
高名な作家で、自分の仕事に没頭している父と、悪意はないが冷たい継母、
その夫婦仲もよくはなく、経済状態も芳しくなかった。
そんな家庭の中で、17歳のげんは三つ違いの弟に、母親のようないたわりをしめしているが、
弟はまもなく、崩れた毎日を送るようになり、結核に罹ってしまいます。
事実をふまえて、不良少年と呼ばれ、若くして亡くなった弟への、深い愛惜の情をこめた、看病と終焉の記録です。
幸田文(1904-1990)は 東京生れで、文豪・幸田露伴次女です。
1928(昭和3)年、清酒問屋に嫁ぐも、10年後に離婚、娘を連れて晩年の父のもとに帰ります。
露伴の没後、父を追憶する文章を続けて発表、たちまち注目されるところとなりました。
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林 秀信『晴れの日に、傘を売る』
コンビニやスーパーなどで、500円ほどで買うことが出来る折りたたみ傘を、携帯する人も多い事でしょう。
しかし、かつて傘は高級品でした。そんな傘を身近なものにしたのが、傘メーカー「ウォーターフロント」です。
傘を愛する社長のもと、約30人の社員が働いています。
『晴れの日に、傘を売る』は、「傘で世界を変えたい」と言う、社長の志と取り組みが書かれた作品です。
この本は、ビジネスのノウハウと言うよりは、仕事に向かう姿勢を学ぶことが出来る一冊です。
著者の林 秀信さんは、もともと、治療院や飲食店を経営して、繁盛していましたが、傘が好きだという理由で傘屋を目指します。
そして、お客さまが感動する傘という目標を掲げ、
良いものを安く!選ぶ楽しさを大切に! 市場よりもお客さまの支持が大切!と、意欲的な経営をしているのです。
晴れの日に、傘を売る。 waterfront支持率ナンバーワンの傘を生んだ [ 林秀信 ]
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夏目漱石『こころ』
夏に読みたい本と言えば、夏目漱石の『こころ』を思い浮かべます。その理由は、冒頭のこんな言葉があるからでしょうか。
主人公の書生の私が、暑中休暇を利用して海水浴に行った鎌倉で、先生に出会うところから、物語が始まります。
「私が先生と知り合になったのは鎌倉である。其時私はまだ若々しい書生であった。
暑中休暇を利用して海水浴に行った友達から是非来いという端書を受取ったので、私は多少の金を工面して、出掛る事にした。
私は金に工面に二三日を費やした。所が私が鎌倉に着いて三日と経(た)たないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れと云う電報を受け取った。」
先生と言っても、単に主人公の私が、そう呼んでいるだけであって、実際は海で偶然に出会った、無職の人だったのです。
先生は近づきがたい雰囲気を放っていましたが、先生の学問の知識や思想に惹かれ、月2、3回ほど、家を訪ねるようになり、
次第に先生に傾倒してゆくのでした。
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【抽出】
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
著者のブレイディみかこさんは、1965年に福岡で生まれ、
高校卒業後、アルバイトと渡英を繰り返し、1996年から、イギリスの南端のブライトンに在住し、
ロンドンの日系企業で数年勤務した後、イギリスで保育士の資格を取得し、働きながらライター活動をしています。
ブレイディみかこさんのご家族は、アイルランド人の夫と、息子さんが一人います。
配偶者の夫は、ロンドンの金融街シティにある、銀行に勤めていましたが、数年後にリストラされると、
子供の頃からやりたかった、大型ダンプの運転手に転職しました。
日本人の母と、アイルランド人の父の間に生まれた息子さんは、
自分のアイデンティティが、日本なのか、イギリスなのかに悩みながら、思春期を迎えたのでした。
そしてある日、ブレイディみかこさんは、息子さんの部屋にある、机の上の国語のノートの、落書きが目に入ったのです。
青い色のペンで、ノートの端に、小さく体をすぼめて、息を潜めているような筆跡で、
「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」と記されていたのです。
この本は、そんな少年にとって、イギリスの教育や社会とは何なのかを、説いているのです。
そして、夏休みの課題図書として読まれているようで、夏季休暇にいかがでしょうか。
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー (新潮文庫) [ ブレイディ みかこ ]
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ロアルド・ダール『あなたに似た人』
イギリスの作家、ロアルド・ダールの、ミステリー&サスペンスの短編集『あなたに似た人』を、
テレビ番組で、カズレーザーさんが紹介していました。
この短編集の中には、サスペンスが、11編が収録されていて、彼が紹介したのが「南から来た男」です。
夕暮れの、ジャマイカの海辺のホテルのプールサイドで、くつろいでいると、南米から来た金持ちそうな男が現れます。
そこに、アメリカ軍の訓練生の若い男がやって来て、ライターを盛んに自慢します。
すると、南米から来た男が、そのライターで、10回連続で点火出来たら、自分の新車のキャデラックを差し上げるが、
1回でも失敗したら、あなたの小指を1本、私にくださいと賭けを持ち掛けます。
若い男は、思案をしますが、キャデラックに目がくらみ、その賭けに乗ってしまいました。
賭けが始まり、1回目点火、2回目点火、8回目…と進んだところ、
そこへ南米から来た男の奥さんが入ってきて「バカな賭けは止めなさい」と言ったのですが、その奥さんの手の指が…
と言うミステリ小説なのです。ぜひ、一読して見てはいかがですか? 気になりますよね。
あなたに似た人(1)新訳版 (ハヤカワ・ミステリ文庫) [ ロアルド・ダール ]
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太宰治『富嶽百景』
『富嶽百景』は、太宰治の自己破壊などの、暗いイメージとは異なり、明るく、前向きな雰囲気が漂う作品です。
太宰治が甲州へ向かった時のことが題材となっており、
その土地の人との交流や、富士山に関するエピソードが、ベースとなっています。
作家の「私」は、甲州へ向かって、井伏鱒二(いぶせますじ)が滞在する茶屋で、過ごすことになりました。
そこは、富士山が一望できる茶屋でした。
この小説には、10余りの富士がでてきます。
しかし、単に山としての富士を描写した文章はひとつもなく、富士を書いているようで、実はすべて心境を描いています。
「三七七八米の富士の山と、立派に相対峙(あひたいぢ)し、みぢんもゆるがず、なんと言ふのか、金剛力草とでも言ひたいくらゐ、けなげにすつくと立つてゐたあの月見草は、よかつた。富士には、月見草がよく似合ふ。」
あまりにも有名な言葉ですが、この場面は、作家の「私」が、峠の茶屋へ戻るバスの車中で、
女車掌が「今日は富士がよく見えますね」と言うと、乗客たちは一斉に富士山を眺めますが、
60歳くらいの老婆が、路傍の一ヵ所を指さし、「おや、月見草」と声にします。
しかし、バスは素早く通過して行く、そんな一瞬の出来事を切り取り、その光景を名文にしていたのです。
月見草は名前からも想像がつくように、夏の夜(6月~9月)夕方から夜にかけて花を咲かせます。
花が咲き始めてから満開になるまでは、10分程で満開になり、月に照らされるように咲く様子が、美しい植物です。
なので、あの光景は夕暮れだったのでしょう。
富嶽百景・走れメロス 他八篇 (岩波文庫 緑90-1) [ 太宰 治 ]
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ジェフリー・アーチャー『ケインとアベル』
秋にはチョット気合を込めて、長編小説に挑戦しませんか。お勧めなのが、ジェフリー・アーチャーの『ケインとアベル』です。
物語は1906年4月16日、遠く離れたポーランドと、アメリカ合衆国に、2人の男の子が誕生しました。
一人はポーランドの山奥で私生児として、貧困と劣悪な環境に生まれたアベル。彼は、貧しい罠猟師に拾われ育てられます。
もう一人は、アメリカの銀行家の一族、ケイン家の長男として生まれたケインで、素晴らしい人生を約束されていました。
この二人が舞台となるアメリカで、20世紀の現代史を背景に、
2度の戦争や、世界恐慌、時の大統領選挙、自動車の発明などの、時代性を背景とし、読みだしたら止まらなくなる展開です。
そして最後には、驚きのどんでん返しの展開が、待っているのです。
ケインとアベル(上巻)改版 (新潮文庫) [ ジェフリー・アーチャー ]
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司馬遼太郎『竜馬がゆく』
幕末の土佐藩に生まれ落ちた少年坂本竜馬は、気弱で泣き虫、更に、学問の出来ももう一つな、落ちこぼれ男児でした。
しかし、竜馬は剣術修行のため江戸に旅立つと、北辰一刀流の道場で、学びを深め一流の剣士に成長してゆきます。
修行を終えて国元へと帰国した竜馬は、
黒船襲来の衝撃から友人半平太が組織した勤王党の一員として、攘夷思想を明確にしつつありましたが、
やがて勤王党との思想的乖離が目立ち始め、竜馬は脱藩して、自由に日本を飛び回ろうと、考えたのでした。
こうして、快男児、坂本龍馬の冒険が、幕を開けるのでした。
『竜馬がゆく』は、文庫本で全8巻の長編です。チョット気合を入れないと制覇は難しいと思いますが、
そうさせない程、この小説には、のめり込むと筈です。秋の夜長にどうですか?
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【抽出】
堀辰雄『風立ちぬ』
『風立ちぬ』は、堀辰雄の中編小説で、作者本人の実体験をもとに、執筆された堀辰雄の代表的作品で、
「序曲」「春」「風立ちぬ」「冬」「死のかげの谷」の5章から構成されています。
美しい自然に囲まれた高原の中で、重い病に冒されている婚約者に付き添う「私」が、やがて来る愛する者の死を覚悟し、
それを見つめながら、2人の限られた日々を「生」を強く意識して共に生きる物語です。
死と生の意味を問いながら、時間を超越した生と幸福感が確立してゆく過程を描いた作品です。
作中にある「風立ちぬ、いざ生きめやも」と言う有名な詩句は、作品冒頭に掲げられているポール・ヴァレリーの詩、
『海辺の墓地』の一節「Le vent se lève, il faut tenter de vivre.」を堀辰雄が訳したものです。
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沢木耕太郎『深夜特急』
「秋の夜長」と言いますが、秋は日が落ちる時間が早く「夜の時間」が、四季の中で一番長いのです。
読書の秋でもあり、長い夜に読書を愉しむのもお勧めです。全6巻と、気合を入れないと、読破に時間が掛かる本を紹介します。
それは、作家の沢木耕太郎さんの紀行小説『深夜特急』で、
1986年に第1夜が刊行され、既に34年経ち、現在では新潮文庫で、6冊に分冊化される形で、出版されています。
イギリスのロンドンまでを、バスで一人旅をする為、日本を飛び出した26歳の主人公「私」の物語です。
仕事をすべて投げ出して旅に出て、途中立ち寄った香港では、街の熱気に酔い痴れて、
思わぬ長居をしてしまう、筆者自身の実話に基づいた、貧乏旅の魅力を最大限に引き出した作品です。
ただあてもなく異国の地を彷徨い、見るものすべてが新鮮で、日本の常識など当然通用しない、
危険と隣り合わせの、行き当たりばったりのこの旅が、なぜか魅力的に映るのす。
この本は、バックパッカーの間で、いわばバイブル的に扱われる本となり、
80年代と90年代における、日本の個人旅行ブームの、一翼を担った本だったのです。
深夜特急1 香港・マカオ (新潮文庫) [ 沢木 耕太郎 ]
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【抽出】
上田敏 翻訳詩集『海潮音』「落葉」
ポール・ヴェルレーヌの詩を、上田敏は翻訳詩集『海潮音』の中の「落葉」でこのように表現しています。
「秋の日の ヴィオロンのためいきの身にしみて ひたぶるに うら悲し。
鐘のおとに 胸ふたぎ 色かへて 涙ぐむ 過ぎし日の おもひでや。
げにわれは うらぶれて ここかしこ さだめなく とび散らふ 落葉かな、、、。」
『海潮音』は、上田敏が1905年(明治38年)10月に出版した、
主にヨーロッパの詩人の詩の訳詩集で、日本に初めて象徴派の詩を紹介しました。
次第に広く読まれるようなり、カール・ブッセの『山のあなたの空遠く 「幸」住むと人のいふ……』や、
ヴェルレーヌの『秋の日の ヴィオロンの ためいきの……』などは、今なお愛誦されています。
『海潮音』は、29人の詩人の57篇の訳詞をまとめています。その時、上田敏は32歳、東大の講師でした。
彼は、一高の学生だった1895年(明治28年)から、西欧詩壇の現状を『帝国文学』誌などに報じていたのです。
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アーサー・コナン・ドイル『緋色の研究』
イギリスの作家、アーサー・コナン・ドイルが執筆した、シャーロック・ホームズシリーズは、
彼の友人ジョン・H・ワトソン医師が、物語の書き手となり、
ストーリーを進める形態の推理小説で、その中でも最初の作品が『緋色の研究』なのです。
ジョン・H・ワトソンがある日、共同生活者として、シャーロックホームの下宿先の、ベーカー街221-Bへやって来ます。
シャーロック・ホームズは、始めて出会ったワトソンに対して、
アフガニスタンに従軍し、戦場で左肩に重傷を負い、イギリスに送還された軍医でしょうと、言い当てるのです。
そんなホームズの観察力、推理力に驚かされるようにして、読者を推理小説の世界へ誘うのです。
スコットランドヤードのグレグスン刑事から、殺人事件の手紙が届き、警察に協力して難事件を、ホームズが解決するのです。
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【抽出】
チャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』
『クリスマス・キャロル』は、ロンドンで会計事務所を営む老人のスクルージに起きた、イブからクリスマスまでの出来事です。
彼は、金持ちですが、とてもケチで貪欲で、冷酷無慈悲、守銭奴で嫌われ者で、強欲で金儲け一筋の商売をしています。
クリスマス・イブの夜、スクルージは、ベッドルームで7年前に亡くなった、かつての共同経営者、マーレイの亡霊に出会います。
その亡霊は鎖で繋がれていて、強欲になるな、そんな事をしていては、私と同様に、お前も同じ運命をたどると忠告したのです。
そして、3人の幽霊が来るとを告げます。
第一の幽霊は「過去」で、彼はそこで少年時代の自分を振り返り、お金よりも、大切なものを見ていた過去を思い出します。
第二の幽霊は「現在」でした。そこでは、知人たちが貧しい中でも、楽しそうにクリスマスを祝う光景に出会うのでした。
第三の幽霊は「未来」でした。それは死んだ人の噂ばなしで、
その人物は、死んでも評判が悪く、その人の墓地の墓碑には、スクルージの名前が記されていて、愕然とするのでした。
スクルージが目覚めると、クリスマスの朝でした。
そこで、スクルージは、自分の愚かさに気が付き、心を入れ替えるのでした。
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オー・ヘンリー『賢者の贈り物』
貧しい夫婦が、お互いの大切なものと引き換えに、プレゼントを贈り合う事で起きた、行き違いを描いた小説です。
この物語が広く日本で、知られるきっかけは、1988年に、ギフト販売の「シャディ」が、CMで放映したものです。
貧しい夫婦がお互いに、相手のクリスマスプレゼントを、何にしようかと考えます。
夫はサラリーマンでしたが、景気が悪く、給料が下がるばかりだったのです。
夫は、祖父から父、父から自分へと受け継いできた、金の懐中時計を大切にしていました。
妻は、美しい長い髪を持ち主でしたが、夫の懐中時計に吊るす、プラチナの鎖を買い求めるために、
髪の買取人のところへ行き、自慢の髪を切り、お金に換えます。
一方、夫は、金の懐中時計を質に入れ、鼈甲の櫛を買い求めたのでした。この櫛は、妻が長く憧れていた櫛でした。
お互いの行き違いで、それぞれのプレゼントは意味を為さなくなりますが、相手を思いやる優しい気持ちが伝わって来ます。
物語の最後に、夫が妻に言います。
「僕たちのクリスマスプレゼントは、少し置いてしまっておこう。今、使うには立派すぎる」
賢者の贈り物(新装版) (講談社青い鳥文庫) [ オー・ヘンリー ]
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【抽出】
J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』
『ライ麦畑でつかまえて』(英: The Catcher in the Rye)は、J・D・サリンジャーによる長編小説です。
高校を放校となった17歳の少年ホールデン・コールフィールドがクリスマス前のニューヨークの街をめぐる物語です。
口語的な文体で、社会の欺瞞に対し鬱屈を投げかける内容は、時代を超えて若者の共感を呼び、青春小説の古典的名作として世界中で読み継がれています。
その冒頭はこんな一節から始まります。
「もしも君が、ほんとにこの話を聞きたいんならだな、まず、僕がどこで生れたかとか、
チャチな幼年時代はどんなだったかとか、僕が生れる前に両親は何をやってたかとか、
そういった《デヴィッド・カッパーフィールド》式のくだんないことから聞きたがるかもしれないけどさ、実をいうと僕は、そんなことはしゃべりたくないんだな」
(『ライ麦畑でつかまえて』より引用)
主人公の16歳の高校生、ホールデン・コールフィールドは、
学校の成績が振るわず、名門高校であるペンシー校から、退学処分を言い渡されます。
そんな状況のなかで、クリスマス休暇前の土曜の夜に、
彼はルームメイトであるストラドレーターと喧嘩をして、学生寮を飛び出すことになってしまいます。
彼は、親元に退学通知が届くまでは、家に帰らないと決意し、ニューヨークに戻って、怪しげなホテルに宿泊し、
それから日曜の夜になるまで、友人やガールフレンドたちに会ったり、電話をしたり、
女の子たちとダンスを踊ったり、酒を飲んで酔っぱらったりと、様々な経験をします。
そんななか、大好きな妹であるフィービーに会いたくなり、日曜の夜にほんの一時だけ、こっそりと家に帰ります。
そしてフォービーを学校から呼び出して、公園へ出向く2人。
彼は雨でずぶ濡れになりながらも、回転木馬に乗る妹を見て、とても幸福な気分となるのです。
この作品の魅力は何といっても、主人公が「子どもの夢」と「大人の現実」の狭間に生き、
その時期にしか味わえない青春を謳歌する、そのことの美しさを表しているところです。
そうした経験をして来た人が多いからこそ、世界中で多くの共感を集める作品と、なったのではないでしょうか。
ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス) [ ジェローム・デーヴィド・サリンジャー ]
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「月別毎に読んで見たい本。四季や季節を感じて読書を愉しむ!」への3件のフィードバック
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